組合員の反組合的言動に対する差止め 
 管理組合の役員らをひぼう中傷する区分所有者に対して、管理組合は、全区分所有者を代表する立場で、行為差止めの訴訟を提起することができるか
▲神奈川藤沢マンション事件〔最判平成24・1・17判時2142号26頁〕


事案の概要

 本件マンションの区分所有者であるAは、平成19年頃から、本件マンション管理組合の役員が修繕積立金を恣意的に運用したなどの記載がある役員らをひぼう中傷する内容の文書を配布し、本件マンション付近の電柱に貼付するなどの行為を繰り返し、また、本件マンションの防音工事や防水工事を受注した各業者に対し、趣旨不明の文書を送付し、工事の辞退を求める電話をかけるなどして、その業務を妨害する行為を続けた。

 その行為は、本件管理組合の役員らに対する単なる個人攻撃にとどまらず、それにより、集会で正当に決議された本件マンションの防音工事等の円滑な進行が妨げられ、また、本件管理組合の役員に就任しようとする者がいなくなり、本件管理組合の運営が困難になる事態を招くようになった。

 そこで、管理組合は、平成22年、総会を開催して、Aの行為は建物の区分所有に関する法律6条1項にいう「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たるとの理由で、同法57条及び管理規約にもとづき、他の区分所有者の全員のために、Aに対し上記各行為の差止めの訴訟をすることを決めた。同総会の決定で区分所有者Bが、その訴訟の追行権者に指定された。

 第一審(横浜地方裁判所)及び第二審(東京高等裁判所)は、Bが問題としているAの行為は、騒音、振動、悪臭の発散等のように建物の管理又は使用に関わるものではなく、被害を受けたとする者それぞれが差止請求又は損害賠償請求等の手段を講ずれば足りるのであるから、これは法6条1項所定の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たらないとして、法57条に基づくBの請求を棄却した。

 そのため、Bが最高裁判所に対し、上告受理の申立をした。最高裁判所は同申立を受理し、原判決を破棄し、Bの請求が法57条の要件を満たしているか否かにつき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

 

●判決要旨

 「法57条に基づく差止め等の請求については、マンション内部の不正を指摘し是正を求める者の言動を多数の名において封じるなど、少数者の言動の自由を必要以上に制約することにならないよう、その要件を満たしているか否かを判断するに当たって慎重な配慮が必要であることはいうまでもないものの、マンションの区分所有者が、業務執行に当たっている管理組合の役員らをひぼう中傷する内容の文書を配布し、マンションの防音工事等を受注した業者の業務を妨害するなどする行為は、それが単なる特定の個人に対するひぼう中傷等の域を超えるもので、それにより管理組合の業務の遂行や運営に支障が生ずるなどしてマンションの正常な管理又は使用が阻害される場合には、法6条1項所定の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たるとみる余地があるというべきである。」

 

●解 説

 法6条1項は、「区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し、区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。」と定めている。法57条1項は、この法6条1項を前提として、「区分所有者が第6条1項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。」としている。

 以上の規定の解釈として、同法の立法担当者は、次のように説明している(新しいマンション法285頁)。

 「法6条1項が定める義務は、その文言からみると、むしろ区分所有者が相互に負う義務というよりも、区分所有者の共同の利益を守るため、各区分所有者が団体としての区分所有者に対して負う義務のように思われる。裏返していえば、違反行為の影響を受けたかどうかを問わず区分所有者が共同して行使すべき権利のように考えられる。実質的に考えても、仮に違反行為の直接の影響が全区分所有者に及ばない場合であっても、それが相当の範囲に及び、共同の利益に反する行為であると判断される以上、直接違反行為の影響を受けない区分所有者であっても、共同生活の秩序の維持という観点からは当然に利害関係を有するわけであるし、法6条の趣旨が被害を受けた者の差止請求を容易にするため、物権的請求権以外に差止請求権を与えることにあるというよりも、むしろ区分所有者全体の円満な共同生活の維持のためであると解するときは、同条に基づく権利は、違反行為により直接被害を受けた個々の区分所有者ではなく、区分所有者全員が共同で行使すべき権利と構成するほうが相当であると思われる。

 また、直接の被害者である区分所有者のみが法6条1項によって差止請求ができるものとすると、当該区分所有者の差止訴訟に費やすエネルギーと費用は単に自分の受けた被害の回復に費やされるばかりでなく、建物全体の生活秩序の回復のためにも役立っているにもかかわらず、これらの負担は、事実上訴訟を提起した区分所有者のみが負わなければならないという不合理を生ずる。」

 以上のように理解することが実務にもっともよく適合すると考えられるし、この最高裁判決はその至極当然の結論を明示したものと言うことができる。

(中島繁樹)