管理費請求権の消滅時効期間
 滞納管理費の請求権は何年で時効にかかるか
 ▲草加西町マンション事件〔最判平成16・4・23民集58巻4号959頁・判時1861号38頁・判タ1152号147頁〕


●事案の概要
 ライオンズマンション草加西町の管理組合Aが、その組合員である区分所有者のBに対し、滞納されている管理費および特別修繕費の支払いを求めた事案である。
 Bは、区分所有建物である本件マンションの1室を平成10年3月31日、前区分所有者から買い受け、同年5月1日その旨の所有権移転登記手続をした。その前区分所有者は平成4年1月から平成10年4月までの管理費および特別修繕費の合計約174万円を滞納していた。Aは、本件管理費等の支払義務はBに承継されたとして、平成12年12月4日、Bに対し本件管理費等の支払いを求める旨の支払督促を簡易裁判所に申し立てた。この督促事件は、Bが督促異議の申立てをしたことにより訴訟に移行した。
 Bは本件訴訟において、管理費等の債権は5年の短期消滅時効により消滅すると主張して、本件管理費等のうち支払期限から5年を経過した平成7年分までのもの(合計104万0200円)につき支払義務を否定した。しかし1審・さいたま地方裁判所越谷支部も、2審・東京高等裁判所も、Bの消滅時効の主張を排斥して、Aの請求を全部認容した。これに対しBが最高裁判所に上告した。

●判決要旨
 民法169条所定の定期給付債権として5年の時効の成立を認めた。
 「本件の管理費等の債権は、……管理規約の規定に基づいて、区分所有者に対して発生するものであり、その具体的な額は総会の決議によって確定し、月ごとに所定の方法で支払われるものである。このような本件の管理費等の債権は、基本権たる定期金債権から派生する支分権として、民法169条所定の債権に当たるものというべきである。その具体的な額が共用部分等の管理に要する費用の増減に伴い、総会の決議により増減することがあるとしても、そのことは、上記の結論を左右するものではない」。

●解 説
 マンションの管理費や修繕積立金は毎月一定期日までに一定額を支払うよう定められているのが通常である。そのため、この管理費等の請求権が、民法169条にいう「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権」(このような定期給付債権の消滅時効期間は同条によって5年とされている)にあたるかどうかが問題となる。
 この民法169条の適用を肯定すると時効は5年となり、この適用を否定すると、同法167条(一般の債権の消滅時効期間は同条によって10年とされている)に従って時効は10年となる。
 民法169条にいう債権は、一定の期間が経過するごとに発生するところの、一定の物の給付を目的とする債権、すなわち基本権たる定期金債権から発生する支分権であって、かつその支分権の発生に要する期間が1年以下であるものをいうと解されている(注釈民法(5)338頁)。このような債権について5年という短期の消滅時効が定められた理由は、「これらの債権は厳重に弁済をしないとたちまち債権者のために支障を生ずるのを常とし、慣習上債権者も長くその請求を怠ることが少なく、債務者も長くその弁済を怠ることが少ないものであり、また、その額も通常多くないので、長くその受取証を保存する者もまれである」というところにあった(同書同頁)。
 実務では、5年説をとることに抵抗がある。管理費の滞納という現象は社会的に広範に存在する。5年以内に訴えの提起等の時効中断措置をとることは実際問題としてなかなか困難である。賃貸借契約から生じる賃料債権の不払いの場合は、賃貸借契約を解除することによって不払賃料の累積を回避する方法があるが、管理費の不払いの場合は居住者を退去させても管理費の累積を回避することにはならない。また、管理費等は銀行振込み等の方法で徴収されるのを通常とするので、その支払いの有無は長期にわたって明白である。このような理由で、管理組合運営の実務では否定説(10年説)が強く支持されてきた。
 そのため下級審の裁判所では従来、この否定説(10年説)の立場の判決がしばしばみられた。本事件の原審である東京高裁判決もその1つである。同判決は次のように述べている。「管理費等は、原則的には毎月一定額を支払う形になっているものの、共用部分の管理の必要に応じて、総会の決議によりその額が決定され、年単位でその増額、剰余金の管理費組み入れ等による減額等がされることが予定されていることを考慮すると、管理費等については、毎年要する経費の変化に応じてその年額(したがってその12分の1に当たる月額)が定まるものであって、どの年にもその額が一定となるものではないから、……区分所有者の管理組合(被控訴人)に対する管理費等の納入義務は、一定の金銭の支払を目的とする債務とはいえない。すなわち、被控訴人が区分所有者に対して……管理費等の納入を求めることができる権利は、民法169条の解釈適用上その存在が予定される基本権たる定期金債権の性質を具備するものとは認めがたく、それゆえ本件管理費の納付(支払)を請求する債権も基本権たる定期金債権から発生する支分権の性質を具備するものとはいえない」。
 しかし最高裁判所は元々民法169条の適用を肯定する5年説の立場である。最判平成5・9・10判例集未登載は、原審の大阪高等裁判所が「本件管理費債権は1年以内の周期で定期に金銭を給付させることを内容とする債権であり民法169条の定期金債権に当たる」としたことについて、「原審の判断は正当として是認することができる」と述べており、最高裁判所の立場はこの判決で示されていた。本件の最高裁判決は従前のこの立場を確認したものである。この判決は判例集(民集58巻4号959頁)に掲載され、各種の法律雑誌に詳しい紹介がなされた。新聞でも大きく取り上げられた。この最高裁判決がマンション管理の実務に与えた影響は大きく、以後の実務は5年説に従うことになった。今後下級審が10年説をとることはないであろうと予想される。
 5年説が実務を支配することについて合理性がないというわけでもない。区分所有法8条は、区分所有者の特定承継人が前区分所有者の滞納管理費の支払義務を承継すると定める。その結果、承継人が予想外の過大の債務を負うことがあるが、そのような不測の損害を幾分緩和するという効果はあるであろう。
 今後マンション管理の実務においては、長期間にわたって管理費等の滞納が放置されることのないよう、管理を厳格にすることが求められる。管理費等の個々の弁済期から5年以内に、支払督促の申立てをし、あるいは訴えの提起をする必要がある。ただし念のために付言すれば、仮に弁済期から5年を経過した未払い分が残ったとしても、請求する側の管理組合の立場においては、支払督促の申立てまたは訴えの提起にあたって、5年経過分についてもまずは支払請求をすることになる。時効による債権の消滅というものは、法律上当然に債権が消滅するのではなく、債務者が時効の利益を受けたいとの意思を表明すること(これを「時効の援用」という)によって初めて、債権消滅の効果を生じるとされているからである。実際の裁判において、債務者が5年の時効あるいは10年の時効さえ知らず、そのため時効の援用をしなかった結果、判決において長期間の未払管理費等について支払義務を負わされることは、しばしばみられるところである。
(中島繁樹)