「管理組合の組合員は、どこまで管理会社を批判することが
できるか」


  
多摩川芙蓉ハイツ事件東京地方裁判所平成7・11・20判決


[ 事案の概要 ]

 A株式会社は、マンション多摩川芙蓉ハイツから管理委託を受け、また同マンションの各種工事を受注していた。そのA社が、同マンションの区分所有者であるBに対し、Bの行為によってA社の名誉及び信用が毀損されたとして、民法709条(不法行為)に基づく損害賠償と謝罪文の配布を求めた。
 その訴訟で指摘されたBの行為は、Bが「当管理組合の民主的運営を求める緊急公開状」と題する文書中で、@「A社は登録専門工事(塗装・防水)業者ではないのに、管理組合の一部の理事と結託して、マンションの立体駐車場建設などの工事を受注し、管理組合と管理委託契約を締結した」、A「A社の会社の内容は、当管理組合の預金証書と、それに使用できる組合の印鑑を、一緒に預託できる程の会社内容ではない」などと記載し、A社を中傷、誹謗する文書を同マンションの各戸に配布したというものであった。

[ 判決の要旨 ]

 A社の請求を棄却した。

「本件文書の記載内容の@は、A社の工事受注業者の適格性に問題があるかのような印象を与えるものであり、また、A社が管理組合の一部の理事と結託して独占的に巨額の工事を受注し、A社を不当に利するような不公正な過程により本件マンションの管理会社に選定されたかのような印象を与えるものであって、同記載のある本件文書の配布により、A社に対する社会的評価を低下させるものである。」
 しかし「同記載部分は本件マンションの管理組合の運営という公共の利害に関する事項にかかるものであり、Bは真摯に管理組合のことを考えて本件文書を配布したものであり、私利私欲を図りあるいはA社をことさらに誹謗中傷するなど、不純な動機により本件文書の配布を行ったものではないから、本件文書の配布は、もっぱら公益を図る目的に出たものというべきである。」
 そして、「A社が登録専門工事業者でないことは真実であるか、Bがそのように信じるにつき相当の理由があったというべきである。また、C社が本件マンションの管理会社であったころからA社はC社を補助する形で本件マンションの管理業務に関与し、A社の社員が原則として理事会の審議に立ち会っており、A社と本件管理組合とは密接な関係にあったこと、A社は理事会に対して無料で本件マンションの長期修繕計画案を示し、立体駐車場建設工事に関する<御見積書>との表題の書類を提出し、費用の概算を示すなど、修繕計画立案に過大とも受け取られる協力をし、その過程においてはA社と競合する他の業者の関与はないことなどの事実に鑑みると、Bにおいて、一部の理事によりA社に対する利益誘導行為があるのではないかと疑ったことも、まったく根拠を欠くものではなく、Bがそのように信じるにつき相当の理由があったものというべきである。」として、不法行為を構成しないと結論づけた。
 また、本件記載部分Aについては、この部分は意見言明であり、「本件マンションの管理委託先をC社からA社に変更する案を検討した理事会において同案が廃案になったこと、C社に管理業務遂行についての落ち度はなかったこと、一部上場会社であるC社と比較してA社ははるかに小規模であることが認められるから、同意見の主要な部分は、真実性の証明のある事実か、Bにおいて真実と信じるについて過失がなく」、かつ「上記諸事実からBの同意見のように推論することも不当、不合理なものといえない。」として、不法行為を構成しないと結論づけた。

[ 解説 ]

 名誉・信用などの人格的利益の侵害については、その侵害行為の態様が法規違反ないし公序良俗違反であるときに違法性を帯び、不法行為となると解されている。名誉の侵害が不法行為となることは民法710条に明文がある。問題は、外形の上で名誉ないし信用の毀損行為があったとき、どのような事情があればその違法性がないとされ、あるいは故意・過失がないとされ得るのかというところにある(民法709条の解釈上、不法行為が成立するためには、違法性があり、故意・過失があることを要する)。
 最高裁昭和41・6・23判決によれば、「名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、同行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、同事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、同行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。」
 このような判例の流れに沿って、本事案についての上記東京地裁判決が出ている。
 なお、真実性の証明は、公表された事実の主要な部分又は重要な部分についての証明で足りると解されている。
 名誉ないし信用を毀損するとされた部分が事実の指摘ではなく、意見言明である場合についても、上記の判例理論が応用されている。この点について、上記東京地裁判決は「文書中名誉を毀損するとされた部分が意見言明である場合には、当該文書が公共の利害に関する事項についてのものであり、その文書に意見形成の基礎をなす事実が記載されており、かつ、その主要な部分が、真実性の証明のある事実か若しくは文書を配布した者において真実と信じるについて過失がない事実からなるとき、又はかかる事実と既に社会的に広く知れ渡った事実からなるときであって、当該意見をそのような事実から推論することが不当、不合理なものといえないときには、同意見言明は、名誉及び信用毀損の不法行為を構成しないと解すべきである。」との理論を示した上で、前掲の判断に至っている。
 類似の事案を紹介する。平成6年横浜市内のマンションで、一区分所有者が、管理組合総会の席上、理事長の名誉を毀損する内容の文書を配布して、その文書の中で「従来の自主管理の方法は独善的、威圧的で、他の組合員の意見を取り入れず、このことからすると理事長らがなお自主管理方式の継続を強く主張するのは、それにより理事長らが何らかの私的な利益を追求しているからではないか」との疑いを表明した。これが不法行為を構成するかどうかが訴訟で争われた。横浜地裁平成9・5・9判決(判例集未掲載)は「外形的には理事長の名誉を毀損する。しかし、本件文書の作成配布は本件マンションの管理の在り方ないし次期理事長の選挙に関するという公共の利害に関する事項に関して、もっぱら公益を図る目的でなされたものと認められる。そして、次期理事長の選挙に関していえば、候補者に関する批判は、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り許されるというべきであるところ、本件記載部分は、作成者が理事長らに不正行為があるとしてその事実を他の組合員に知らしめようとすることに主眼があるものではなく、従前の理事長の管理行為及び自主管理方式への批判、論評を主題とした意見表明であると認めるのが相当である。そして、本件文書全体を見るとき、上記記載部分が論評の域を逸脱しているものとは認め難く、また、その前提事実はいずれも主要な部分において真実であるということができる。」として、不法行為としての違法性を欠くものと判断した。