第9 請負工事契約

 

Q34  理事長が個人的な利益を図って大規模修繕工事を実施したとき、それによって生じた組合の損害について理事長個人は賠償責任を負うことになりますか。

 

1.管理組合理事長の善管注意義務違反

    理事長は管理組合の委任を受けて、組合に対しその業務を適切に運営する責任を負っています。このような責任をふつう、善良な管理者として職務を執行する注意義務と称しています。略して善管義務と言うこともあります。この注意義務の内容は相当に重たいものです。

    たとえば、管理組合がその総会決議で大規模修繕工事を決定したものであるとしても、その工事をほとんど1人で推進した理事長が、主として自己の住戸を高値で外に売却するために、必要性が認められない全面的な外壁補修工事を強行し、組合が過大の債務を負うことになるのは、この善管義務に違反することになります。このような事例が、平成25年から翌年にかけて、東京都内のマンションで起こりました。

 

  2.東京高等裁判所の令和元年11月20日判決

    この事件で東京高等裁判所は、

●工事を検討するきっかけになったのは複数住戸の漏水問題であり、全体の大規模修繕を実施すべき客観的な必要性が乏しかった。したがってより小規模な工事で足りたのに、理事長は外観の見栄えを良くする効果がある外壁タイル補修が可能な大規模修繕の実施にこだわった。

 ●漏水対策の中心は外壁全般ではないのに、理事長は理事会や総会で漏水原因が「外壁に特定された」として、外壁補修が漏水対策の中心であるかのように説明した。

 ●理事長は特注タイルを使用したりするなど、外観の見栄えを良くする効果のあるタイル補修に熱心だった。

 ●工事費の約3分の2を借り入れで賄った。

 ●工事終了後、理事長は予定通り自分所有の専用部分の転売を実行しようとして、複数の仲介会社に仲介を依頼した。物件広告では「大規模修繕実施済み」などと強調した。

   というような事実を認定して、理事長個人の善管義務違反を肯定しました。

 

  3.理事長個人が負うことになった損害賠償責任

    同判決によれば、理事長個人は管理組合に対して、①おおむね総工事費の4割以上にあたる約715万円に加え、②工事実施のために借り入れたリフォーム融資の利息、及び保証料、③元理事長が相談したマンション管理士への支払い報酬についても、賠償する責任があると判断されました。

 

 
 

目次のページへもどる